最近の絵画における選択肢は非常に限られている。全てがすでに試されたからではなく、過去において機能していたものを再び作ることへの衝動はなくなり、その意義も薄れているからだ。魔術的なイメージを辿ったり、ストーリーを伝えたり、現状を報告したり、絵画上で風景や人物像を一対一の関係で表すこと。これらは全て、過去のような信頼性を失ってしまった。抽象表現もすでに使い古されてしまったようだ。形と色を通した表現は似たようなものになってしまい、その意味を失った。キャンバスを平らに張るというプロセスも終わりを迎えた。フォーマリズムの絵画はキャンバスに色を染み込ませ、形という概念を隅に追いやってしまい、完全ではないとは言え、途切れることのないフィールドを提示した。私たちはもう絵画の透明性というものを信じておらず、絵画という手法を制作方法に選ぶ理由を見つけられずにいる。

60年代半ば、私が今だにブラシを使っていたことを驚く人たちもいた。1975年にマックス・コズロフは「少なくともこの5年…後悔されて振り返られることもなく、徐々に絵画は前衛という文脈から外れていった。」(1)(彼がまだ絵を描くアーティストがたくさんいる事を認めつつ、奇妙な状況が暗示された。)

絵画という事業は疑問視され、「消去された」状況だった。私はデリダのこの言葉を使い(2)、絵画がとるに足らないものと見なされながら、しかしそれでも感性を絵の具、鉛筆などの素材に向け、絵画、ドローイングを描くこと、空間の順序づけからしか満足を得られない画家たちにとっては唯一の可能な活動であるという、状況を示そうとする。しかしそこに対話や会話はなかった。

目を内に向け、作品を作り出す素材と技術、つまり芸術の手段に向き合う必要があった。絵画にまだ関心を持っていたアーティストは絵画の分析、または分解を始め、絵画は何かという根本的な問題に目を向けた。それは絵画を再定義するためというよりは、むしろ、初めから全てをやり直して絵画に再び息を吹き込むことを目的としていた。この問いかけは絵画という分野、そしてそこへ活動として参加することについての考察へ、また深い調査を通して私たちがすでに知っていたことをもう一度宣言することに繋がった。私たちは絵画について何も知らないのだということを、一つの形で示したのだ。研究を通して、私たち自身がこの事実を再発見する事になった。

この偽りの主張は、外部から覗き込むような、過剰な意識をもたらした。もはや私たちはそれに取り組むという意味で絵画に「関与」しているのではなく、外部の立ち位置から自分たちが何をしているのかをはっきりと見ていた。これは、そうであると見られた、ある期間の作品に必要であった態度である。

これが最後の絵画であるという言及が成立するのは難しいことではなかった。またこのより広い意識は、絵画の妥当性はすでに期限切れなのだという見解を含めたパロディーや安易な絵画の要約が提言される余地を与えた。芸術は科学や宗教などの別の分野と融合することが可能となり、独立した活動として存在するものではなくった。絵画の終焉という考えは長い間、アド・ラインハートが一つのサイズ、一つの色について話すよりもずっと前から認知されていた。

19世紀の写真の発明以来、絵画が持っていた再現という必要性が問われてきた。ロトチェンコは1921年ロシアで3つの「純色」による単色の絵画を発表したのち、絵画制作をやめた。タラブーキンはこの段階は「絵画の死」と「画家の自殺」を意味すると宣言した。50年経ってもなお、絵画についての分析は、単なる脚注と最終的には絵画の終焉へとつながらないのか、と問いかけが続いていた。

しかしその反対の発想が、抽象表現への信頼と、短い歴史の中で抽象表現が重要作品の様式であったという知識を新しい作品に与えた。非対象的絵画は1910年以降にしか存在しなかった。印象派、ポスト印象派、フォーヴィズムは抽象表現へと導き、色を分解し、色と形を機能から分離させることで、独自の素材と技法を通して絵画の表現を発揮する方法を模索した。1910年カンディンスキーは、音楽における時間と音のように、絵画がその中だけで完結する事を目指す、抽象絵画の即興シリーズの制作を始めた。

ピカビア、ロベール・ソニア・ドロネー夫妻、クプカ、モーガン・ラッセル、アーサー・ダヴ、レジェ、モンドリアン、クレー、マクドナルド=ライト、そのほかの作家は色の抽象表現に取り組んだ。1913年マレーヴィチは「対象という脚荷から芸術を解放するという逼迫した試みのもと」(3)白地と黒の矩形で構成される絵画を発表した。それ以降、デ・ステイル、抽象表現主義、ポスト・ペインタリー・アブストラクションなど、数多くの非対象的な絵画が生み出された。非常に短い期間に数多くの質の良い作品が制作された事により、非具象芸術の作品の正当さは証明された。私の考えでは、20世紀の重要作品は抽象表現の作品である。

「絵画とは何なのか」という問いに向き合う今日の画家の多くは抽象、または非対象的な様式で制作を行なう。媒体を用いて何かのメッセージを伝える事に本質的に興味を持たない彼らは、媒体そのものの中に受け継がれている何かを追い求めてきた。絵具と手法の本質を検証することで新たな主題が解き明かされることが期待されていた。作品の多くは単色、またはその表面は分割されることはなかった。異なる色を隣に並べることは形と関係性を生み出すが、全ての形はすでに使い古されたものだった。図は地を離れた。絵画そのものはそれを取り巻く世界という地の上にある図ではなくなった。その早い例がラルフ・ハンフリーの絵画である。197から1960年にかけ絵画は何かという分析に参加し、一色の絵具からその色の様々な側面を引き出すよう調合はしたが、はっきりとしたキャンバス自体の形がその中に描かれるどのような形も覆ってしまう事に気がついたため、キャンバス内での表面の分割を行うことはなかった。

内部の分割を否定する主張は新しいものではなかった。マレーヴィチの黒い矩形、ロトチェンコの単色については先ほど述べたし、あまり知られてないロシア人作家でポーランド構成主義の主要メンバーであったヴワディスワフ・ストゥシュミンスキは、ロトチェンコに続く一色のカラー・フィールドを用いた人物だっただろう。「Unism in painting(絵画におけるユニズム)(1928年)」で彼は次のように書いている。

二つの色が隣り合い、そのコントラストによって絵の統一性を壊す・・コントラストというよりむしろ、統一性と、統一性を生み出すことを目指す手法が、今や絵の形式のスタンダードなのだろうと思う。

単色(monochrome)とは一つの色彩の絵画やドローイングである。(ウェブスター辞典)しかし私が話している絵画というのは、表面が分割されていない場合がほとんどではあるが、他の絵画と全く同じであるような、単なる一色の均一な面ということではない。2つの単色作品がいかに異なり、そしてそれらがいかに像を取り込むことができるかを目にすることで、単色という思考とその主張を検証することができる。

ストゥシュミンスキは「ユニズム」というコンセンプトのもと、一見すると一色の表面に見えるが、とても小さいユニットに分割された作品を制作した。それは私たちが「オールオーバー」と考える作品に近いものである。フランスのイヴ・クラインは美術に関連した行為として、彼が「インターナショナル・クライン・ブルー」と呼んだ色で、厚塗りであばたのような表面を生み出した。クラインはシュルレアリスムに共感していた。1950年代イタリアではマンゾーニが白を多用して「アクローム」の作品群を制作した。その関心は無色であることに向けられていた。彼は絵画の表面には興味がなく絵具を使うことがなかったが、(白の絵画を制作しなかったカステラーニと共に運営されたアジムートのグループの一員として)私たちは誰しもがアートを作ることができ、全てがアートである、という声明を非個人に向けて出していたのだ。

絵具としての絵具に介入しないという理由から、ロバート・ライマンは白色を絵画に使う。彼の関心は、塗られた表面と絵具がどのように塗られるのかということ、またキャンバスの支持体、地、絵画を壁に取り付ける手段をであった。

ステファン・ローゼンタールはキャンバスを張り伸ばさず、エッチングを施したのちにわずかに染色する。またはニスを塗り、キャンバスの糸の線に沿って引っ掻いていく。作品の最終的な見た目は、キャンバス自体の特徴から生まれる。

デイル・ヘンリーは透明な素材でキャンバスを覆う作品を作った。彼の第一の関心は作品と光の相互作用である。多くの場合、作品の中の出来事は光の作用があって初めて識別される。

ダグラス・サンダーソンは色の層を重ね、下層の影響を受けながら最終的には一色の表面に見える画面を描いた。ジェリー・ゼヌークは張られた麻布を用意し、補色関係にある絵具を交互に何層にもわたり重ねていく。その結果、筆使いと下にある多数の色の層のほのめかしを除いては、一見すると分割されることのない明るく中性的な表面が生み出される。

ロトチェンコは自身の単色を、ピュア・レッド、ピュア・ブルー、ピュア・イエローと呼び、それに呼応して私は、カドミウム・レッド、カドミウム・イエロー、ウルトラマリン・ブルーを選んで使用する。これらの色は、理論上の色彩の代用とされ、純粋な物理的状態で感知される。

これらの多くの違いを考えてみると、最近のアーティストの目指すところは絵画の非人格化・非個性化ではなく、異なる作家の作品や同じ作家による作品であっても、実際には非常に異なることが明らかになる。

地の選択は何で色を付けるのかということを念頭に行われ、そしてそれも色がどのように現れるのかに影響する。

単色の作品を作ろうと決めたとてしても、キャンバスに絵具をのせることを考える際、どのように描くのかは縁を意識して決断するという問題がすぐに上がってくる。どこで絵具は止まるのか?支持体の縁を通り越して側面まで進むかもしれないし、キャンバスの端で止まるかもしれない。もし絵具が表面の内側でまとまっているとしたら、それはおそらくキャンバスよりも少し小さい矩形を形作っているだろう。そうでなければ、地面にばらばらな形を描いているはずだ。中立的な解決策はキャンバスの端を超えることなく、表面の縁で絵具を止めることだ。

ドローイングやペインティングで使われる道具は鉛筆、筆、ペンなどで、それらは画家と地の仲介者になる。選ばれた道具は、それがどのように使われたかで大きく変わる特徴的な跡を残す。素材との適正、その素材との組み合わせの中でどのように機能するのかということを根拠に道具は選ばれる。

要素をまとめる方法という意味での構成という言葉は、支持体と絵画の地を準備する際に必要な決断から、絵具の配色、作家の素材への介入を含め準備された表面に残った跡など、広い範囲を示す。選択された素材に接続した制作という行為は美学、または内部の論理を生み出す。素材は使用されることによってその本来の論理を明らかにし、それにより一連の価値が出現する。

このような価値は、今話題になっている素材に関わる必要性から現れる。作品の性質は、特定のプロジェクトや作品群のために選ばれた、素材と技術の観察によって決まる。作家の必要に応じて素材が変わるというよりもむしろ、素材そのものが重要な位置を占め、美術がそこから引き出されていった。素材と道具の質、そして分野の性質が選択を決定づける。素材と方法から派生して規則が現れ、その結果が望まれた最終的な産物となる。それは単に何が起こったのかという事だけでなく、望まれたイメージである。相互に関係をもつ一貫性が意味を生み出す作品を構成する全ての要素の間で生み出されるため、このような整合性のもとではとても小さな決断さえも重要なのである。作家がどのように、どこで、どれくらい等を決定するのに対して、素材の特性は重んじられ最終的な結果を決定づける大部分を占めている。作家は(選ばれた)素材に与えられた特性の中で制作を行う。

これらの範囲の選択は、素材と具体的なプロセスの後に望まれる結果が考慮され、個別の決断に重きが置かれるため、既知の美学は参考にはされない。多くの場合、それらは昔から踏まれてきた絵画の手順である。作家は、あたかもすでに美術の世界で長い間知られている素材を初めて使うかのように言い換え、調査を行う。異なる点はそれぞれの決断に対するある種の注意深さである。この注意深さは必ずしも新しいものではないが、その素材で何ができるかではなく、素材そのものに注目することは、最近ではあまりなかった。

単色の絵画を壁にかけることは、最も重要な事項だ。絵画が直接的に関係性を持つ物体であるため、鑑賞者との位置関係はその関係性が何であるかを指し示す。絵画は壁の低い位置に設置され、私たちの空間に入り込むかもしれない。または高くにかけられ、私たちの空間からは取り除かれるかもしれない。ほとんどの場合、1つの壁には1点がかけられる。単色の絵画には厳密な焦点がなく、そのエネルギーは周辺のエリアに広がっていく。これは絵画と壁の間に自動的に生まれる色のハーモニーを回避するために、現代の壁は白か中間色であることの理由の一つである。

壁の上の縮小された矩形は、壁にかかった他の絵画、壁自体の矩形、またそれ以外に存在する物質的な要素との間の構成を生み出す。地の上にある図を保持する表面として存在するのではなく、絵画自体が図となって壁という地に置かれるのだ。具体的で区切られた壁と、その上に設置された具体的な物体を理解することが、作品をかけることと、制作することの両方で必要になったのだ。それは壁全体を地として使用するか、作品のサイズと位置を決めるものとして使うか、複数の絵画をグループでかけて絵画と壁に生まれる関係性を受け入れるか、または壁を無視して部屋の中に絵画を設置することで行われるかもしれない。ライマンは《Varese Panel》をギャラリーのブロックの上に設置した。私は壁に合わせて大きさを決めたキャンバスを作り、また絵画と壁が完全に一致して二者の間に構成が生まれないように壁一面を塗ってしまったこともある。しかし多くの場合単色絵画は小作品で、率直に壁との関係性を受け入れている。

ほとんどの場合絵画は単独か、個別ではあるが似た作品のグループで見られるが、ブライス・マーデンとケリーは色のパネルを組み合わせた。メリル・ワグナーは作品にステージを通過させ、私たちに作品が通る3つか4つの段階を提示する。現実的な写実が多くの場合否定される理由の一つは私たちが一つのイメージだけでは満足できないからに違いない。私たちは映画やテレビでいくつものイメージを見ることに慣れており、絵画の中の一つの静止画では不十分だと感じる。写真が多くの場合グループや対で展示されるのも同じ理由だ。単色絵画はそれに対して、開けていて受容性があり、「空っぽ」だ。単色絵画は非具体的で時間、場所、鑑賞者によって変化する。他の絵画のサポートを必要とせず、実際、単独で見られることが理想なのだ。

しかし一つの絵画を見るとき、同じ作家による別の作品や、別の作家による似た作品についての知識など、作品を理解するヒントになるものが必要になる。作家の意図を知ることも助けになるが、もちろん最終的には作品そのものが何を語るかだ。

絵画は現実の生活を再現するイリュージョンが作り出される面だと、または物体が置かれる平台型の面だと、過去には見なされていた。しかし今は(おそらくシュプレマティスムから)世界に存在する別の物体と関係性を持つために存在している。このような作品を見る経験というのは、過去の見方とは全く異なるものだ。過去には表面を超えて内に続くことが期待されていたが、今は視線は表面で止まる。過去には使われていた素材は無視して表面を読み込んでいたが、今は表面の物質性に目を向ける。これらの作品は絵画が物質として存在することを受け入れるのだ。三次元のイリュージョンは作り出されないし、外との関連性はほぼ存在しない。物体ではあるがそれは絵画というある特定の物体であるように色が塗られている。絵具はアーティストによって配されていて筆の跡も見ることができる。表面は塗られているが、縁は塗られていない。

絵画の物体としての範囲が理解されているため、周りの空間から絵画を分けるための額縁は必要ない。実際、どのような物体なのかを確認できるようにするために額は意図してつけられない。

一色の絵画によって暗示された一点に接近して焦点を当てることは、今世紀を通して実践され、最終的に1つのストローク、1つの色だけで一つの絵画を作り上げることができるというところにまで達した、フォーマット内でのスケールの拡大と一貫している。絵画の限定的な側面に集中したりその様々な特徴を一つずつ探求している作家たちは、不注意からか意識してなのか、略式のカタログや素材と技術の目録をまとめている。彫刻におけるその初期の例は、カール・アンドレがまとめた元素表だ。彼は、実際にその金属から彫刻を制作したというより、彫刻に取り込むことができそうな金属をカタログ化している。デイル・ヘンリーは無色よりのドローイングとペインティングの手法をカタログ化し、彼が研究しようとしていた作品の全体像を示した。ルチオ・ポッツィのドローイングでは、書き足す、取り除くと言ったドローイングの様々なプロセスから主題が作り出された。私自身は特定の媒体とフォーマット上での特定の顔料の質と特徴を可視化するために、制作に使われる顔料、フォーマット、媒体、混ぜ合わせについて調べ、それらを個別に使って制作を行った。

私が話していることの多くは作品のフィールドを空っぽすることと繋がっている。一見何ごとも起こっていないように見える表面は、作家に全てを表面から完全に消し去ることは不可能なのだという事実を明らかにする。そして鑑賞者には一見空虚に見えるそれを体験させ、その空虚の中で自分自身と向き合うという選択肢を与える。全てを取り払ったとき、そこには何が見えるのか。見えるものがほとんどなくなったとき、何が起こるのか。絵画は長い間、空虚と戯れてきた。マレーヴィチ、ハンフリー、ラインハート、マーデン、ライマンを思い出して欲しい。彼らの作品について、一色以外の全てが取り除かれた作品だ、とは言えない。彼らの「空っぽ」の絵画を見分けることは難しいことではない。すでに知られた主題を取り除くことによって、新しい内容が入ってくる。内側に色と形の関係を持たない絵画は、空っぽではないのだ。

作品同士が僅かな違いを除いては非常によく似ているか同じであるこの新しい探求において、決断は限られているが、反復とシリーズというところでこそ作品の差別化が行われる。

一つの考えを深く突き詰めるときアーティストは作品を何度も作る。反復は類似した作品につながるが、それらは全く一緒ではないと知っているからだ。これはシリーズに取り掛かり、作品の順序づけを拡張することとは大きく異なる。それぞれの作品は完結していて、以前の作品のバリエーションというよりは、異なる形の以前の作品そのものなのだ。目指すものは、すべての可能性を試すことではなく中核となる決断の精度を上げることであり、また新しいものや異なるものを探すのではなくある一つの事に突き進むことなのだ。

絵画は表面のドローイングが排除されたことによって、60年代に強く感じられた、図と外縁を関係づけるという構造的な必要性から解放された。絵画が図でありキャンバスの縦と横の輪郭が、絵画が置かれる場所と関連づけられるが、ある意味、表面は自由なのだ。60年代に使われたグリッドはそのような厳格な構造を示していたが、少なくともアグネス・マーティンの作品ではグリッドは確実な純粋さとともに使われ人格性を保って使われた。しかし新しい作品との関係では、グリッドは −また細分化された表現であるオール・オーバーは – 今望まれている重要な像を受け入れるにはあまりにも構造的すぎる制御を象徴するものである。グリッドは物事を扱いやすく容易な塊に分割する方法を提供するものである。このことは今はあまり知られていない。

絵画の本質を主張する、新しい、多くの場合単色の作品は、その性質を定義することが可能で、少なくとも絵画は今の私たちの見方において意味を持ち何かしらの信頼性を持っているのではないかという考えとともに始まった。「性質」については近年長く議論されていて、その問題全体に踏み込むことは避けようと思う。定義づけができると感じられる性質は、制作プロセスに含まれる要素の整合性を通して、作品の中に存在する全体性の中に感じられ、作品自身の中に設置された基準によって測られる。作品がメッセージを押し出していないとしても、その固有の意味は作品の活力にとって不可欠で、そして程度の違いはあれど、とても直接的なものだ。

絵画は少なくとも4つの異なるレベルで理解される。一つ目は直接反応できる物体としてこの世界に物理的に存在しているということだ。絵画は触れることができ、視覚的、網膜で感知することができる。二つ目は技術的な要素が制作のプロセスで存在していて、材料の性質が手法を決定し、形式的な側面は調べられ理解されることができるということだ。それゆえに、絵画は一定の基準に達している必要がある。三つ目は絵画は歴史的な主張として存在しているということだ。作品は特定の時期に作られ、意図したものであろうがなかろうが、その時代の絵画に対する作家の見方を表している。最後は、絵画はある考えを示し、間接的に作家の世界観と時代を反映し、哲学的で精神的な体験を伝えるということだ。

普遍的な意味を語ることが可能だったとしても、その内容がアイコンタクトだけで伝達されることは疑わしい。私たちがそうであったように、原始人も今や写真を理解する。意味は言葉を介さずに伝達はされるが、同時にそれは、見て問題に取り掛かることに慣れることで読むことを学習するような、相対的な現象である。

多くの新しい作品には明らかな受動性が見られる。鑑賞者を圧倒したり世界を変えたりすることは目指していないため、作品は多くの場合小さい。決断は与えられた場所や選ばれた材料に対してではなく、それらに沿って決められていく。好みよりも、まず構成が考えられる。制作の必需品とされるものは、どのように作品が作られるかと最終的な外見を方向付けるため、それは前もって決められた効果というよりも、結果である。作品は中から外に構築される。このような中では、形は要素を一つにまとめるのに使われる特有の必需品の結果として出来上がり、まだ知られていない予想されていなかったイメージが引き立ってくる余地が生まれる。内部の論理によって画家の美的な判断からは離れることとなる。

以前の偶然性に依存する作品とは違い、素材そのものから決断は導かれ、外部の要素が持ち込まれることはない。この固有の規則が定義されることよって、その物理的な側面に起因する作品の内容は、扱われる素材から作家へと送られる。制作する経験、作品から得られる情報、作品と関係付けられそして作品によって明瞭にされる価値が作品の本当の主題となっていく。

作品制作の経験がもっとも大切な活動となると、アトリエでの時間はより多くの注目を集めることになる。素材がどのように提示されるかは、それがどのように使われるかと同じくらい大切になる。絵の具を研ぐことやキャンバスを準備することは、絵の具を塗ることと同等の活動になる。中断されないように時間を調整することも必要だ。制作のために時間を延長することは、何かを達成しようとする目的そのものと同等に求められる。

それに関連して、私たちの周りにある世界を相殺する作品の詳細、一つの形式への注目がある。バナナを食べることは、本を読みながらバナナを食べることとは異なる。社会として私たちはマクルーハンが言うようにモザイク的な方法で思考する。(フルページの服の広告で注意散漫になりながらニュースを読もうとするように、いくつもの物事を一度に処理しようとする。)私たちは一つの題材に非常に限られた時間しか意識を向けない。何かを考えていると他の題材が割り込んできて、最初の考えに戻ったとしても思考の時間はいつも中断されてしまう。記事を初めから最後まで読みきることは稀だ。生活で必要な物事が私たちの思考をあちらこちらに引っ張っていく。瞑想で焦点を取り戻すことは、ある一定の作家が行なっていることと似た機能をもたらす。作家は生活と芸術の両方において一つのことに集中するよう努め、時間が中断されることを避けようとする。集中が分割されてしまうと何かを完全なかたちで経験することはできないし、作家は親密な経験を作品を見る人に伝えることはできない。

私が話題にしている作品は存在するという経験に関与している。それは、すでにあるものから始まる。素材はすでに存在している。形式、素材の組み合わせ、道具、制作が行われる場に沿って決断は行われる。ある選択が与えられると、それに基づいてまた別の決断が下される。ある整合性が全体に行き渡っていく。作家はあるがままに物事を進ませる作業方法として存在し、素材を展開させていく。このような経験を私たちにもたらす活動はほとんどない。その経験とは、最終的な素材で直接行動を起こす可能性、可視化されていたものが自分たちの手によって物質化されていくのを目撃すると言う経験である。

現在と存在の知覚を求めるなか、作家は全体性を見出し、設定された場の内側から、そして技術、人間の特性と共にある素材の本質から美を引き出す方法を見つける。

私は「美」という言葉を使うときには注意するようにしている。その言葉にはもう有効性がなく意味を持たないと考える人もいるが、精神に作用する視覚的刺激を示す何らかの方法が必要だ。ある現象を眼の前にしたとき、畏敬や興奮といった何らかの効果が感じられることを否定することはできない。それは秋の色彩へと変化していく光景を目にした時の反応や、劇的な山々の風景に対峙した時に感じられる壮大さといった、シンプルなものでもある。イスラム教モスクの中庭や、文様が刻まれた碗を見たときにもそのような感情が沸き起こる。シェーカー家具の独創的な経済性にも、そして現代の作品に対しても同じように反応する。

作品は静かで思慮深く、そして先ほど示唆した通り、瞑想的でさえある。これは議論するのが最も難しい性質だ。私たちは素材や形式的要素について話すことには慣れているが、精神的な内容について話すことには慣れていない。あまりに多い議論は、その事実から離れてしまうことにつながると感じているのだろう。議題となっているのは本質的に個人的な経験なのだ。そして全ての単色絵画にはその経験が存在している。(ジェームズ・ビショップ、スザンナ・タンジャーなどがあげられるだろう)

最近の単色作品はミニマルや還元主義(Reductivist)などと呼ばれる。一見すると削減された表面のため、安易にミニマリズムとつなげられてきたからだ。しかし最近の作品には、モジュール、製造、工業的な仕上げとの関係性がない。それは、手作業の跡が大幅に排除されるシュプレマティスムと構造主義とも異なるものだ。新しい絵画は人の手の跡、材料から得られる様々な効果と組み合わされる作家の癖や特徴を受け入れるのだ。

プロセス・アート以降そのような作品は、手順を設定し、それを実行した後に得られる結果を受け入れる傾向にあった。コンセプチュアル・ドローイングでも同じ方法がとられる。ルールが与えられてから、制作が行われるのだ。行為の結果が作品としての産物となるが、そこには個人的な内容が入り込むことができる。アルテ・ポーヴェラは、難しくも高価でもない、単純な手法と素材を使用するという新しいコンセプトを提案した。考えなければいけないのは「美的原始主義(esthetic primitivism)」(ロバート・ゴールドウォーターのPrimitivism in Modern Artより引用)という言葉だ。カーター・ラットクリフはそれは「いつの時代であっても、それが素材の基礎を築く目的のためであろうが、最も深い次元で知覚に携わるという目的のためであろうが、作家が形の『本質』に取り組もうとすると現れてくるものだ。」(5)と話している。この両方の目的は最近の作品の基本となっている。

ヨーロッパでは「Fundamental Painting(根源的な絵画)」「La Peinture en Question(問題となる絵画)」「Analytische Malerei(分析的絵画)」「Bilder ohne Bilder(絵を失った絵)」などの展覧会が開催されてきた。絵画の素材を分析しカラーフィールド・ペインティングに影響を受け、支持体/表面のグループとそれに関連したアーティストたちは、自分たちの作品について記述し論理化した。クロード・ヴィアラはキャンバス、ストレッチャー、色、場所という要素から作品を制作した。ドゥズーズはストレッチャーの構成要素について説明を行った。ルイス・ケインは具象表現の要素さえも抽象化し、彼のフラットな色の面に取り込まれる作品を発表した。イタリア、オランダ、ドイツで展示された作品、また今までに話したアメリカの作品は、表にカラーフィールド・ペインティングとその雰囲気に頼る性質に対する拒絶から生まれた。フランスの作品よりも要素を全体の中に組み合わせる傾向にあり、要素同士を反発させることはなく、二項対立や構造主義との関連性は薄い。

私がここで話している作家は作品全体を1人の作者の視野の中に収め、工場に何かを発注したり複数人数で制作を行うなど外からの助けに頼ることはほとんどない。絵画は、過去のものを捨て新しくスタートを切ったことで新たなエネルギーを集めることができた。そのプロセスの多くは削減を続ける作業のように見えるが、正確に言うと、それは分解、絵画自体の分析に関わるものである。絵画にはまだ可能性が残っていると信じ、また一見すると絵画を使い果たしてしまったように見える状態への反応として、上記の作家やそれ以外の作家たちは、私が上で話した部分についてカタログ化と検証を始めた。絵画は実証され、コンセプチュアルで検証される、以前よりも受け身なものとなった。作家は個人的な作品を作り、それゆえに一定の変化が現れた。形式は多くの場合小さくなった。色は不透明になり、イリュージョンを生み出すためや何かを表現するためではなく、色そのものとして見られるようになった。線は姿や形を描くためではなく、線そのものとして見られるようになった。筆の跡として作家の個性は再び受け入れられ、作家の手の存在が作品のなかに再び見えるようになった。これらは絵画の要素である。

この分析的な時期はすでに結論に至っているように見えるが、絵画の多くはいまだ調べ続けられている。関係性のある色と形の領域全体についてはほとんど触れられていない。イリュージョンを生み出すための仕掛けと、絵画自体の歴史は、考えられるべきさらなる題材を提示するかもしれない。それが必要か必要ないかは個々の作家が決断するが、この分析を通して、芸術表現における非対象的な方法の力強さが再確認された。分析を行う時期の中のある一定の段階が終わりつつあるとしたなら、私たちは次の抽象表現の段階という、合成期に入る準備ができているのではないだろうか。

1) Max Kozloff, “Painting and Anti-Painting: A Family Quarrel,” Artforum, September 1975, p.37

2) Jacques Derrida Of Grammatology, Baltimore 1974

3) Kasimir Malevich, The Non-Objective World, Chicago 1959

4) Wladyslaw Strzeminski, Unism in Painting (Praesens Library, No. 3), Warsaw 1928, quoted in the catalogue by Ryszard Stanislawski and others for the exhibition “Constructivism in Poland 1923-1936; BLOK, Praesens, a.r., ” Essen and Otterlo 1973, p.92

5) Carter Ratcliff, “On Contemporary Primitivism,” Artforum, November 1975, p. 58