Kathleen Jacobs
作家について
コロラド州アスペン⽣まれ。マサチューセッツ州のパイン・マナー・カレッジに⼊学したジェイコブスは卒業後、国⽴公園の⾃然保護官など⾃然環境に関わる仕事を数年経験した後、ミラノに移り、世界的なデザイン会社ユニマーク・インターナショナルで働くことになりました。ミラノでグラフィックデザインを学んでいたとき、ジェイコブスは前夫であるホアン・ヘイマンと出会いました。その後、数年間を北京で過ごす中、ハイマンの⽗親で中国の⼈間国宝と呼ばれる重要な美術家、⻩永⽟(ホアン・ヨンギュ)のもとでアジアの伝統的美術の訓練を受けます。その後コロラドに戻り、中国で学んだ書道の技法に、蝋を使った絵画、陶芸、溶接などの新しい技術を加え、⾃然環境と素材の注意深い観察を通して⽣まれる作品を制作します。
その後、⽊の幹をキャンバスやリネンで包み、天候や樹⽪の質感の違いによって⽣じる独特の模様を描くフロッタージュという技法で、ジェイコブスの代名詞と⾔える絵画作品の制作を始めます。彼⼥はしばしば、異なる⽊に何度も素材を巻き付け、⾵⾬にさらしながら、時には3年間も屋外に置きます。その後、キャンバスを取り外し、⽔に浸し、⽊のフレームを使って平⾯に伸ばしていく作業を繰り返し、同時にキャンバスを垂直から⽔平に回転させます。そうして出来上がったモノクロームの幻想的な画⾯は、⾒る者をトランス状態に引き込みます。まるで墓⽯の拓本のように、これらの作品は、鑑賞者を特定の場所に連れて⾏く触覚的な場の記録であると同時に、アーティスト、⽊、鑑賞者が交差することで⽴ち上がる、別世界の、まったく新しい⾵景を創り出しています。
ある時はよりニュートラルな⽩とグレーで、またある時は「JONDA」や「KUMBA」のようにシュールで鮮明な⾊のパレットで、ジェイコブスの作品は⾒る者に、親密さと同時に、広⼤な空間に取り残されたような感覚を与えます。抽象的であるにもかかわらず、それらはジェイコブスが制作した環境にしっかりと根ざしています。実験的なフィールドノート(場の記録)のような役割を果たし、東京の鑑賞者をアメリカに実在する特定の⼟地の個々の⽊へと意識を引き込むのと同時に、まるで雲の中に浮かんでいるような感覚を呼び起こします。後者は彼⼥の⾶⾏機パイロットとして⾶⾏する経験から得た視点でもあります。
ジェイコブスの作品は、⼈間と⾃然の暴⼒的な関係ではなく、道教の哲学から⽣まれた調和的な統合の可能性を深く⽰しています。

このようなメッセージは、気候破局が加速している今、特に緊急性を帯びているように感じられます。展覧会カタログに寄せたエッセイの中でエリン・マッカーシー博⼠は、ジェイコブスの作品が禅宗のシンボルである「円相」を⽤いていることについて、「空とは底なしの虚無的な無ではなく、あらゆる創造性の源である」1と記しています。 「⾊即是空、空即是⾊」という禅の般若⼼経のように、制作の途中でキャンバスを横向きにするジェイコブスのプロセスは、「⼀本の⽊を⾒るときの視座は否定され、意識的に樹⽊を眺める際にあるはずの先⼊観やある種の観念に左右されない『間柄』的な⾒⽅が⽣まれる」と、マッカーシーは記しています。
CADAN 有楽町で⼩品絵画とともに展⽰されジェイコブスの磁器の彫刻は、優美でありながら遊び⼼がみられる丸太のようです。最初は⽊の幹の⼀部を低温焼成の粘⼟で覆うことを試み、次は磁器⼟を使⽤しました。枝とキャンドルの中間のように⾒え、台座の上に置かれた特異で曲がった彫刻はどこか霊的で儀式のオブジェのようです。本展で展⽰される絵画が樹⽪の質感とキャンバスの直線的な形状を対⽐させるのに対し、この彫刻は⽊の枝の繊細なフォルムと不気味なほど滑らかなセラミックの光沢を対⽐させています。キャンバス作品と同様に、ジェイコブスの彫刻作品は、東アジアの⽂化的なオブジェの美学を明確に取り⼊れており、ここでは中国の磁器が思い起こされます。そして、マッカーシーが書いているように、⽇本の伝統的な⿃居が⾃然環境の中で神聖な場所を区切るように、ジェイコブスの彫刻は⼀本の⽊の枝でさえ神聖であり、私たちの注意を引くのに値するのだと、鑑賞者に語りかけているようです。